フリースタイルスキー日本代表に選出された近藤心音さんは、日本のフリースタイルスキー界を担う若手選手の一人です。
順調にキャリアを重ねてきた彼女でしたが、2022年北京五輪では、公式練習中の事故により、思わぬ怪我に見舞われます。しかし、逆境を乗り越え、2026年2度目のオリンピックへの切符を手に入れます。
なぜ彼女はトップレベルまで成長できたのか。その背景には、幼少期からの環境やスキーとともに歩んできた生い立ちがありました。本記事では、近藤心音選手の生い立ちから北京五輪での怪我、そして復帰に至るまでの歩みを整理して紹介します。
近藤心音の競技について
近藤心音さんが取り組んでいるのは、フリースタイルスキーと呼ばれる競技です。雪山の自然地形や人工セクションを使い、ジャンプや回転技の完成度、構成力、独創性などを総合的に評価されます。スピードやタイムだけでなく、表現力や安定感も重要視される点が特徴です。
フリースタイルスキーという競技の特徴
フリースタイルスキーは、ジャンプや回転などの高難度技を連続して繰り出す競技です。選手は空中での姿勢や着地の安定感、技の完成度を競います。わずかなバランスの乱れが大きな失点につながるため、技術だけでなく集中力や精神面の強さも求められます。
フリースタイルスキーには、7種目あります(男女13種目)。
・モーグル
・エアリアル
・スキークロス
・ハーフパイプ
・スロープスタイル
・ビッグエア
・エアリアル混合団体
スロープスタイルとビッグエアの違い
近藤心音さんが演技するのは、「スロープスタイル」と「ビッグエア」です。
スロープスタイルは、全長800〜1,000mほどのコースに連続的に設置された、ジャンプ台やレール、ボックスなど人工アイテムを演技をしながら滑り降りる競技です。
一方、ビッグエアは一度の大きなジャンプで技の難易度と完成度を競います。
斜度20度以上の30~40メートルの助走がある斜面を滑り降り、踏み切り台からジャンプして空中でエアの技術を披露します。
競技で求められる技術と評価基準
スロープスタイルの評価では、タイム、ジャンプの高さや回転数だけでなく、美しさも重視される技の難度や出来映えを争う採点競技です。
ビッグエアは、特に見せ場であるジャンプセクションでの高難度なトリックが勝敗を左右します。
近藤心音さんは、どちらの種目でも高い技術力を持つ選手として評価されています。
世界大会と国内大会の位置づけ
国内大会は実力を示す場であり、世界大会や五輪へのステップとなります。世界大会では海外選手とのレベルの違いを実感する場でもあり、経験値が大きく成長につながります。近藤心音選手も、こうした大会を重ねながら実力を磨いてきました。
女子フリースタイルスキー界の現状
女子フリースタイルスキーは年々レベルが上がり、技の高難度化が進んでいます。世界的に若手選手の台頭も目立ち、競争は激化しています。その中で日本代表として戦うことは、大きなプレッシャーと誇りを伴うものです。
競技としての魅力と危険性
フリースタイルスキーは迫力と美しさを兼ね備えた競技ですが、怪我のリスクも常に伴います。高い技術を追求するほど危険性も増すため、安全管理と自己判断が重要になります。この点は、後に語られる五輪での怪我とも深く関わっています。
近藤心音とはどんな選手なのか
近藤心音さんは、フリースタイルスキーの中でもスロープスタイルとビッグエアを主戦場とする選手です。派手さだけを前面に出すタイプではなく、一つひとつの演技を丁寧にまとめる安定感が持ち味とされています。試合では大きなミスを避け、完成度の高い滑りを見せる点が評価されてきました。
近藤心音 基本プロフィール
名前:近藤 心音(こんどう ここね)
出身地:長野県白馬村
競技:フリースタイルスキー
専門種目:スロープスタイル、ビッグエア
所属:オリエンタルバイオ
技術面で評価されているポイント
近藤心音選手の強みは、空中姿勢の安定感と着地の正確さです。高難度の技に挑戦しながらも、崩れにくいフォームを維持できる点は大きな武器となっています。また、技と技のつなぎが滑らかで、全体の構成力が高いことも評価されています。
試合で見せる安定感と挑戦心
近藤心音選手は、安全にまとめるだけでなく、必要な場面では思い切った挑戦を選ぶ選手でもあります。得点を伸ばすために新しい技に取り組み、結果を恐れず挑戦する姿勢は、代表選手としての覚悟を感じさせます。その積み重ねが、五輪という舞台につながっていきました。
スキー選手としてのバックグラウンドと家族の存在
近藤心音さんの競技人生を語るうえで欠かせないのが、スキーが身近にあった家庭環境です。幼少期から自然に雪と向き合う生活の中で、競技としてのスキーが特別なものではなく、日常の延長として存在していました。この土台が、長く競技を続けるための精神的な強さにつながっています。
スキーが身近にあった家庭環境
近藤心音さんは、元スキー選手だった両親の影響で、3歳からスキーをはじめ、小学5年生で本格的にこの競技に打ち込みました。
家庭の中にスキーという文化が根付いていたことで、近藤心音選手は早い段階からスキーに慣れ親しんできました。練習のために無理を強いられるのではなく、自然とゲレンデに足を運ぶ環境が整っていたことが、競技への前向きな姿勢を育てたといえます。
スキー一家の家族構成
近藤心音さんは、両親・本人・妹の4人家族です。結婚はされておらず独身ですが、SNSに仲良しの写真をアップしてますので、彼氏はいるようです。
父:近藤信(こんどう まこと)さん
日本を代表するフリースキーヤーでした。フリースタイルスキーの第一人者だそうです。
現役引退後はコーチとしても活躍し、白馬村を中心に子どもたちや若い選手の指導を長年続けています。
母:近藤聖子(こんどう きよこ)さん
現役時代はモーグル選手でした。近藤信さんとともに、若い選手の指導をしています。
妹:近藤叶音(こんどう かのん)さん
同じ競技をされているそうです。
競技人生に与えた影響
スキーを生活の一部として受け入れる環境は、勝敗だけに左右されない価値観を育てました。結果が出ない時期や怪我を経験した場面でも、競技そのものから離れすぎることなく向き合えた背景には、こうした家庭で培われた考え方があります。このバックグラウンドは、北京五輪での怪我を乗り越える過程にも大きく影響しています。
2022年北京五輪・公式練習中の怪我と復帰までの道のり
近藤心音選手にとって、2022年北京五輪は長年の努力の集大成となるはずの舞台でした。しかし、本番を目前に控えた公式練習中、思いがけない怪我に見舞われます。競技人生の中でも、最も重要なタイミングでの負傷は、身体的にも精神的にも大きな試練となりました。
北京五輪代表選出までの流れ
北京五輪に向けて、近藤心音選手は国内外の大会で結果を積み重ね、若干18歳の時に、日本代表の座を勝ち取りました。本人にとっても、自身の成長を証明する大会になるはずでした。
五輪公式練習中に起きた怪我
怪我が起きたのは、北京オリンピック本番前の公式練習の最終日でした。最後の1本の時、最後の風にあおられバランスを崩し着地に失敗しました。右足前十字靱帯断裂と半月板を損傷し、五輪本番への出場は叶いませんでした。
転倒した直後は痛みが
怪我後のリハビリと競技復帰への思い
転倒した直後は痛みが酷すぎて、次の事を何も考えられなかったけれど、時間がたつにつれて、自分がオリンピックに出れないという現実と向かい合うようなると、人とは会わずに部屋にこもっていたそうです。
これまで競技人生の中で、最大の挫折でした。
帰国後に手術をして、長期のリハビリ生活に入ります。リハビリと身体の回復に専念する日々が続きました。精神的にも簡単ではなかったはずです。
自分と向き合う時間が増えた近藤心音さん。その時感じた事があったそうです。
このまま引退してたら絶対後悔する。続けるのも引退するのも辛いなら、全力でやりきってみて、その後の事はその時に考えようと思ったので、ネガティブな気持ちをなんとかポジティブに変えようと変わっていった
ようやく滑れるようになったのは、10カ月後。1から滑りを再構築し、もう一度オリンピックの舞台を目指すことを決めました。家族やコーチの献身的なサポートもあり、昨シーズンのワールドカップでは、自己最高4位と復活をとげました。今シーズンでも7位に入り、ミラノ・コルティナオリンピックの切符を手に入れました。
まとめ
近藤心音さんは、幼少期からスキーが身近にある環境で育ち、自然な流れの中でフリースタイルスキーの道を歩んできました。安定感と挑戦心を併せ持つ競技スタイルで実力を伸ばし、日本代表として北京五輪、ミラノ・コルティナ五輪と2大会連続で日本代表に選ばれるまで成長してきた選手です。
2022年北京五輪の公式練習中に起きた怪我は、近藤心音さんにとって大きな試練となりましたが、その挫折を通じて自分自身と向き合い、リハビリと回復に取り組んだ時間は、次のステージへ進むための糧となりました。
怪我を乗り越えて、挑戦する姿が印象的な近藤心音さん。心が震えます。
生い立ちで培われた価値観と、五輪での怪我という経験は、近藤心音選手の強さをより確かなものにしている気がします。今後の復活とさらなる活躍に注目していきたいところです。

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