丸山希選手の人柄と生い立ち|スキージャンプに懸ける想いと素顔に迫る!?

信州ゆかりの人
丸山希選手の素顔に迫る!?
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かわいい笑顔と、ふとした瞬間にのぞく八重歯が印象的な丸山希選手。親しみやすい雰囲気とは裏腹に、今季はW杯通算6勝という快進撃を成し遂げ、世界のトップへと一気に駆け上がりました。

その安定した強さは決して偶然ではありません。幼い頃から雪に親しみ、また、悔しさや不安を抱えながらも積み重ねてきた努力と、競技に真摯に向き合う姿勢で、逆境を乗り越え一躍オリンピック代表選手候補になっただけではなく、日本の新エースとして大舞台に臨みます。

どのような環境で育ち、何を大切にしながら競技と向き合ってきたのか。その背景を知ることで、ジャンパーとしての強さや魅力がより鮮明になります。

本記事では、ミラノ・コルティナオリンピックのスキージャンプ女子で日本代表に選出された丸山希さんの生い立ちや人柄、スキージャンプに懸ける想い、そして競技外で見せる素顔までを掘り下げ、その魅力に迫ります。

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丸山希とはどんな人物か|スキージャンプ界で注目される存在

丸山希さんは、将来を期待されるスキージャンプ選手の一人として注目を集めています。ミラノ・コルティナオリンピック代表候補として名前が挙がるようになった背景には、競技成績だけでなく、競技への向き合い方や日々の積み重ねがあります。この章では、丸山希さんがどのような人物なのかを多角的に見ていきます。

丸山希の基本プロフィール

丸山希さんは、長野県の中でも豪雪地帯として知られる、野沢温泉村出身です。2026年のNHK年始ドラマ「雪煙(せつえん)チェイスのロケ地にもなったところで、温泉とスキー文化が根付いているところです。

野沢温泉については、他の記事で紹介していますので、是非おこしください!

幼少期から雪と身近な環境で育ち、自然とウィンタースポーツに親しんできており、ジャンプスキーを始めたのは、小学4年生の頃だそうです。

名前:丸山 希(まるやま のぞみ)
競技:スキージャンプ
利き足:右(※ジャンプ踏切側)
生年月日:1998年6月2日
血液型:AB型
身長:161cm位
出身長野県野沢温泉村
高校:長野県飯山高等学校
大学:明治大学 政治経済学部
所属:北野建設

スキージャンプ界での存在感

大会や強化合宿を通じて、丸山希さんは着実に存在感を高めてきました。突出したパフォーマンスだけでなく、安定したジャンプを継続できる点が評価されています。若手ながらも周囲と調和しながら競技に取り組む姿が、競技現場での信頼につながっています。

指導者や関係者が語る丸山希の印象

指導者や競技関係者からは、素直さと吸収力の高さがよく挙げられます。助言を前向きに受け止め、自分の中で整理しながら実践に落とし込む力があるとされています。日常の態度や練習への姿勢が評価につながり、着実な成長を後押ししています。

丸山希さんの小中学校時代に指導した、野沢温泉スキークラブジュニアコーチの笹岡洋介コーチは、「非常に元気ないい女の子でした。男子に混じっても優勝争いにからんできて。かなり負けず嫌いな女の子ですよね。」と、当時を振り返ります。

競技に向き合う姿勢

丸山希さんは結果だけにとらわれず、過程を重視するタイプの選手です。一本ごとのジャンプを丁寧に振り返り、改善点を明確にする姿勢が特徴です。地道な積み重ねを怠らない姿勢が、長期的な競技力向上につながっています。

強みとして評価されているポイント

技術面では、安定感のある踏み切りと空中姿勢が評価されています。丸山選手は、助走から踏み切りまでの動きが非常に安定していて、風や雪質の影響を受けやすいジャンプ競技において、
大きなミスをしにくい踏み切りは大きな武器です。

また、精神面でも冷静さを保てる点が強みです。インタビューなどでも見られるように、
感情を大きく表に出さず、淡々と競技に向き合う姿勢を崩しません。大舞台でも自分のジャンプに集中できる力は、今後さらに重要な要素となっていきます。

若手選手として寄せられる期待

将来を担う存在として、新エースとして、丸山希さんには、大きな期待が寄せられています。

スキージャンプ女子日本代表で4度目のオリンピック出場となる、高梨沙羅選手は、「夏からは若手も力をつけてきて、スキージャンプの底上げになっているのを感じる」とコメントしています。

注目を集めるようになったこれまでの流れ

丸山希さんがオリンピック代表争いの中で注目され始めたのは、五輪を見据えた前年のいわゆるプレ五輪シーズンです。国際大会で安定した成績を重ねたことで、代表候補の一人として名前が挙がるようになったようです。

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丸山希の幼少期と家庭環境

丸山希さんの人柄や競技への向き合い方を理解するうえで、幼少期と家庭環境は欠かせない要素です。現在の落ち着いた姿勢や継続力は、幼い頃の生活や家族との関わりの中で自然と形づくられてきました。

幼少期の生活環境

丸山希さんは、豪雪地帯として知られる長野県北部に位置する野沢温泉村で育ち、日常の中に雪がある環境で育ちました。スキーを特別なものではなく、身近な存在として受け止める土台となっています。

野沢温泉で生まれ育ってなかったらスキージャンプには出会ってないかなと思います」と丸山希さんご自身もインタビューでコメントをしています。

丸山希を支えてきた家族の存在

丸山希さんは、両親、兄(6歳上)、姉(3歳上)、そして丸山希選手の5人家族です。

丸山希さんは3人きょうだいの末っ子として育ち、家族全員がウィンタースポーツに親しむ環境でした。自宅からおよそ5分のところに、野沢温泉スキー場ジャンプ台があり、学校終わりにお兄さん・お姉さんと一緒に通い続けたそうです。

野沢温泉スキー場

家族との関係性

父親・守さんと兄・雄さんが営む野沢温泉村の民宿には、これまで丸山選手が獲得したトロフィーの数々がところ狭しと並んでいます。
結果が出た時も、思うようにいかなかった時も、こうして家族が変わらず支える存在であることが、丸山希さんの精神的な安定につながっています。過度な干渉ではなく、見守る姿勢が、主体的に競技と向き合う力を育ててきたのではないでしょうか。

今シーズン、大躍進を遂げる丸山希さんの姿に対するコメントを求められたところ、お二人は、「急に覚醒したように感じるほどの成長に驚いているが、幼い頃からの負けず嫌いな性格が今の結果につながっているのだと思う。大舞台でも自分が納得できるジャンプを飛び、これからの人生の糧になる経験をしてほしい」と語っていました。

また、丸山希さんは、母親の丸山信子さんを、「1番の応援団」といいます
9年前にガンを患い、その闘病中、応援に駆け付けた白馬村での大会。信子さんは、活躍する娘の姿を目に焼き付けました。それから2か月後、帰らぬ人となりました。

亡くなられた、お母様にオリンピックでどんな姿を見せたいかという質問に、「やっぱり自分が金メダル取りたいっていう目標が小さいころからあって常に口にはしてたのを覚えているのでその金メダル取って母も喜んでくれるとうれしいなって思います」と、上を向いて少し考えてから、丸山希さんは答えていました。

幼い頃に培われた価値観

亡くなられたお母さんは、常に『1番になりなさい』って言われてたそうです。それが今でも丸山希さんの中で、心に響いてるなっていうのは常に感じるそうです。

こうした価値観が、丸山希さんの人柄の土台となり、競技人生を支え続けているでしょうね。

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スキージャンプと出会った原点

丸山希さんがスキージャンプと出会った経験は、その後の競技人生を大きく方向づけるものとなりました。幼少期から雪に親しんできた中で、ジャンプ競技は特別な存在として少しずつ意識されるようになります。この章では、競技との最初の接点と、意識の変化について整理します。

スキージャンプを始めた時期

丸山希さんがスキージャンプを始めたのは、小学4年生の頃です。

3つ上にお姉さんと6つ上のお兄さんがいて、初めに、お兄さんが最初にスキージャンプをはじめた影響でお姉さんがはじめて、お姉さんがはじめた時に、クラブチームに女の子がいなかったので一緒に行こうって言われて無理やり手を引っ張られて最初ジャンプ台に行ったのを覚えてるそうです。

初期の練習環境と経験

スキージャンプは、最初からジャンプ台の上から飛べる競技ではありません。
丸山希さんもまた、競技を始めた当初は、スモールヒルの中でも真ん中あたりからスタートしました。

その場所にはゲートがなく、コーチが左右に立ち、丸山が滑り出さないように両腕を支えてくれていました。
「準備ができたら手を放していいぞ」
そう声をかけられても、本人はなかなか心の準備ができず、その場に立ち尽くしていたといいます。

しばらくすると、コーチも腕が疲れてきます。
そしてある瞬間、合図もないまま手が離されました。
突然の出来事でしたが、丸山はそのまま滑り出し、初めてのジャンプを経験します。

振り返れば少し驚きのある出来事ですが、
この最初の一歩が、後の競技人生につながる大切な経験となりました。

逆境を乗り越えオリンピック「金」候補に

丸山希さんの競技人生は、目立つ成果だけで語られるものではありません。日々の練習や試合を通じて、少しずつ実力を積み上げてきた結果として、オリンピック代表候補という評価に近づいていきました。この章では、その過程を時系列で整理します。

オリンピックでの最大のライバルと言われているのスロベニア代表のニカ・プレブツさんに勝って欲しいですね。

本格的にオリンピックに向けて競技に打ち込むようになった転機

オリンピックを意識したのは「ソチの前ですね」。2014年ソチオリンピックは、女子ジャンプが初めて採用された大会です。

「ナショナルチームでソチに向けて頑張るぞ、ってメディアの皆さんに練習を公開した日です。それまでは『オリンピックって、はてな?』って感じだったんですけど、実際に自分の競技の人たちがオリンピックに向かう姿勢を見て、私も目指したいって思うようになりました」

大会への出場を重ねる中で、丸山希さんは多くの経験を積んできました。

<主な戦歴>
2018年   サマーグランプリへ初出場。男女混合団体にて優勝。国際大会初の表彰台。
2018/19年  シーズンから本格的にワールドカップへ参戦。
2019年   世界選手権に初出場し個人戦17位、団体戦6位。
2023年   ワールドカップWillingen大会2位(自己最高)
       世界選手権・個人4位入賞

代表候補として評価されるまでの逆境

継続的な取り組みと成績の積み重ねが評価され、丸山希さんは代表候補として名前が挙がる存在となります。技術面だけでなく、競技に向き合う姿勢や精神面の安定も重要な要素とされています。こうした総合的な評価が、現在の立場へとつながっています。

しかし、ここまでのキャリア順風満帆なものではありませんでした

同世代の高梨沙羅さんは、五輪3大会連続出場&平昌2018銅メダル、伊藤有希さんは、五輪3大会連続出場、W杯通算9勝と次々と晴れ舞台へ。丸山希さんは、実力はありながらもオリンピックへの出場はありませんでした

さらに2021年10月札幌での全日本選手権大会での、着地で転倒し、左ひざ前十字じん帯損傷。目前に迫っていた北京五輪を諦めざるを得ませんでした。

そして、復帰はしましたが、今度は、距離を出すことへの恐怖心が生まれてしまいました。

競技人生を揺るがした大怪我からの復帰

大怪我は、アスリートにとって肉体的なダメージだけでなく、「また跳べるのか」という不安や恐怖心を突きつける出来事でもあります。丸山希さんもまた、一度はオリンピックの舞台を現実的に思い描けなくなるほどの怪我を経験し、恐怖心が芽生えました。
それでも競技から離れず、自分と向き合いながら一歩ずつ復帰への道を進んできました。

再び跳ぶために乗り越えた恐怖心

怪我が治った後に、すぐに気持ちを切り替え、前向き競技に没頭できたわけではありません。「怪我をしてから、距離を出すのが怖くなってしまった」そうです。

復帰後もつきまとった恐怖心を克服するために行ったのが、無理矢理スピードを出し、飛距離を伸ばすことによって、跳ぶ楽しさを思い出す事をしたそうです。そのために、最初はゲートセット(スタート位置)を上げて、飛距離を伸ばしました。すると、距離がでるようになり、楽しさを思い出したそうです。

と、簡単に言っていますが、すごい精神力だと思います。。

代表候補として評価されるまでのさらなるトレーニング

「足の裏見直してみない?」とコーチに言われ、更なる飛距離を求めて、前シーズンから見直したポイントがあります。

足の裏一つでこんなにも違うのだと夏くらいに気づいた

スキージャンプで重要なのは、飛び出す際にいかにジャンプ台に力をいれられるかですが、つま先に力を入れると板が後ろにすべり、高く跳べません。そこで、割合として、つま先が大きかったのが足裏の母指球、小指球、かかとの3点を意識してトレーニングに励み、足裏全体を意識して跳ぶようにしました。

必然的に重心を下げた方が体重が乗りやすくなって、これまではぼんやり全体にのってればいいやっていう感覚から、しっかり足の裏に体重が落ちてるっていうのをわかるようになったそうです。

足の裏を意識することでジャンプを飛ぶ前の姿勢が去年より低くなった丸山選手。 姿勢が低くなることで助走スピードが上がり飛距離のアップに繋がったと言います

怪我の地・札幌で迎えた初優勝

昨季には、丸山希さんはW杯・全日本選手権ともに0勝でした。
表彰台に立つ力はありながらも、あと一歩が届かない。
そんな状況が続いていた中で迎えたのが、去年11月の札幌での全日本選手権でした。

この札幌大会は、丸山希さんにとって大きな怪我を負った場所です。
恐怖心と向き合いながら復帰への道を歩んできた中で、その地で結果を残せたことは、競技人生の中でも特別な意味を持つものだったと思います。

そしてこの大会のラージヒルで129.5mを出し、自身初となる優勝をつかみ取ります。
この一勝を境に、ジャンプの安定感と自信が一気にかみ合い、代表争いの流れも大きく変わっていきました。

札幌での初優勝は、単なる1勝ではありません。
それは、ここから始まる快進撃のきっかけとなった瞬間でした。

続く、ジャンプ女子W杯2025-2026では、第1戦、2戦、3戦と優勝し、通算6勝・総合2位と快進撃!(1/25現在)

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丸山希さんが語る金メダルへの鍵

今シーズン、快進撃を続けるている丸山希さんですが、オリンピックは、目指すだけでなく、金メダルを獲ることを目標としてきました。スキージャンプ女子の日本代表会見で、初のオリンピックに挑む今の思いを語りました。

野沢温泉村にはたくさんオリンピック選手がいますし、小さい時から憧れ続けた先輩達とオリンピックの舞台に立てるのもワクワクしています。

蔵王が終わって85%できるようになってきているので、本番までには100%をめざしてになるようにいきたい。

オリンピックで金メダルを獲ることももちろん目標ですが、自分の今のいいジャンプをして、その先に結果がついきてくれればいいなと思うので、自分のパフォーマンスに集中することが、結果につながる鍵になるかなと思っています。

丸山希の素顔と日常生活

「丸山希 私服」や「丸山希 インスタ」といった検索が多い背景には、
競技中とは異なる素顔を見てみたいと感じるファンの存在があります。

インタビューで話すときの丸山希さんは、どこか控えめで柔らかい口調が印象的です。
一方で、ジャンプ台の上に立った瞬間、その表情は一気に引き締まります。
集中を研ぎ澄ませた真剣なまなざしは、トップアスリートそのものです。

しかし、着地後にヘルメットとゴーグルを外した瞬間、そこに現れるのはあどけない自然な笑顔です。

ここに、「強いのに、すごく素朴でかわいい」と感じる人が多く、その自然な笑顔に癒やされるファンが多いのも納得できます。

現在の拠点と生活環境

丸山希さんは、トレーニング環境が整った地域を拠点に生活し、競技に集中できる環境を何よりも大切にしています。移動や生活リズムにも細やかに配慮し、日常の多くを競技中心に組み立てている様子がうかがえます。

そのため、結婚しているのか、彼氏はいるのかといったプライベートが気になる方も多いようですが、現時点で結婚に関する発表はなく、交際についても公表されていません。トップレベルで戦い続ける今は、トレーニングや試合に全力を注ぐ時期であり、恋愛よりも競技を優先した生活を送っている可能性が高そうです。

日々のトレーニングと過ごし方

日常はトレーニングを軸に組み立てられていますが、単調にならないよう工夫も取り入れられています。ジャンプ練習だけでなく、体づくりやコンディション調整にも時間を割き、継続的なパフォーマンス向上を目指しています。規則正しい生活リズムが、安定した競技力を支えています。

食事にも、もちろん気をつけていて、試合前に体調を崩してしまいやすいそうで、試合前には生野菜を控えているそうです。

競技外で見せる一面

競技を離れると、丸山希さんはリラックスした時間を大切にするタイプです。気持ちを切り替えることで、競技への集中力を保っています。こうしたオンとオフの切り替えができる点も、人柄の一部として評価されています。

まとめ

逆境を乗り越え、今季、金メダルに近い選手だと皆の期待が集まる丸山希さん選手。

長野県出身だし、逆境に負けず、オリンピック日本代表選手にまでなったし、活躍を期待せずにいられません。メダルを首にかけて、かわいい笑顔で手を振ってくれる姿を見てみたい!

でも。。やっぱり、初めてのオリンピックですし、まずは、楽しんで欲しいですね。

なお、丸山希さんのオリンピック競技は、日本時間で以下の通りです。
応援します~!

2月8日 女子ノーマルヒル
2月11日 混合団体
2月16日 女子ラージヒル

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