両親はオリンピアン|野明花菜(のあけはな)が歩むスピードスケートの道

信州ゆかりの人
2018年平昌五輪の高木奈々に続く金メダル獲得なるか!?
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野明花菜さんは、チームパシュートのメンバーに選ばれました。日本の得意種目。メダル獲得に期待がかかります。

「野明花菜」という名前が、近年スピードスケート界で静かに、しかし確実に注目を集めています。両親が長野オリンピックに出場した五輪選手背景から、「五輪スケート一家」として語られることも多い存在です。

しかし、彼女の評価は決して家族の実績だけで成り立っているものではありません。ジュニア時代から着実に結果を積み重ね、親の七光りに頼らない競技姿勢が関係者やファンの関心を引いています。

ミラノ・コルティナオリンピックでは、チームパシュート準々決勝2位、マススタート〇位という結果を残しました。
*ここで、結果をお知らせします

*最新情報は公式発表をご確認ください。

野明花菜選手のミラノ・コルティナ五輪の結果を別記事でまとめていきます!

▶︎ 長野県勢の五輪結果まとめはこちら

本記事では、野明花菜さんとはどのような選手なのか、スピードスケート一家に生まれた環境、これまでの経歴や成績、そして次世代エース候補と期待される理由までを分かりやすく解説します。

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野明花菜とは?スピードスケート界の注目選手

スピードスケートのニューヒロインとか新星などと注目を集める野明花菜さんは、おしゃれが好きで、「痩せたい」と話すこともある自然体な一面を持っています。ふとした瞬間に見せる、穏やかでかわいい笑顔が印象的で、第一印象はトップアスリートというよりも、やわらかく落ち着いた雰囲気です。

しかしレースになると、その表情は一変。力強く、前へ前へと攻める滑りを見せ、競技者としての強さをはっきりと示します。その静かなかわいらしさと、氷上での迫力とのギャップに驚かされます。

野明花菜さんは、若手ながらスピードスケート界で着実に評価を高めている選手です。両親が長野オリンピックに出場した元オリンピアンであることから五輪二世として注目されがちですが、実際には自らの努力と結果によって存在感を示してきました。基礎技術の完成度が高く、安定感のある滑りが特徴で、将来を期待される選手として注目を集めています。

野明花菜のプロフィールと基本情報

野明花菜さんは日本のスピードスケート界で活躍する若手選手の一人です。幼い頃から競技に親しみ、ジュニア世代を中心に実績を積み上げてきました。身長や体格といったフィジカル面だけでなく、フォームの安定性やレース運びの巧みさ、スピードが評価されています。派手さよりも堅実さが目立つタイプで、長期的に成長が見込まれる選手として関係者の注目を集めています。

・生年月日:2004年11月28日
・出身地:長野県下諏訪町
・所属:立教大学 スポーツウエルネス学部
・身長:? cm
・結婚:現在結婚はしておらず、独身です。彼氏の有無については公表されていません。

競技を始めたきっかけ

野明花菜さんがスピードスケートを始めたきっかけは、両親の影響が大きいでしょう。両親ともに長野オリンピックの時のオリンピアで、3歳頃から氷上に立つようになっていました。家庭環境として競技が身近にあり、自然な流れでリンクに立つようになりました。ただし、強制されたわけではなく、自ら競技の楽しさを感じながら続けてきたようです。早い段階から基礎を重視した指導を受けてきたことが、現在の安定した滑りにつながっています。

小学生の頃の野明花菜さん。指導者は母の野明三枝さんです。

注目されるようになった理由

野明花菜さんが注目されるようになった理由は、スピードスケートオリンピック代表選手だった両親をもつ、サラブレッドであるという話題性だけではありません。
勝負所で崩れにくいレース運びが評価されてきました。

ジュニア大会や世代別大会で安定した成績を残し、高校まで短距離専門だったことで養ったスピードと、長距離を走りきるセンスを併せ持つ野明さん。オールラウンダーとしての可能性を日本スケート連盟の湯田淳スピード強化部長は「次世代を担うことは間違いない」と期待しているそうです。

第47回全日本ジュニアスピードスケート選手権大会」では、500m、1000m、1500m、3000mの4種目で優勝(中央が野明さん)
引用:立教大学HP

野明花菜の強みと過去の実績

500m~3000mまで、短距離と長距離の両方で実績を積み重ね、鍛えられたスピードが、野明花菜さんの武器です。また、スピードを維持する能力に優れ、後半でも失速しにくい点が強みとされています。日々の練習を丁寧に積み重ねる姿勢が信頼につながっており、技術的な吸収力の高さも高評価です。結果に一喜一憂せず、課題を冷静に分析できる点も、将来性を期待される理由の一つとなっています。

野明花菜さんの記憶にある、初めて大会には小学1年生のとき。そして、中学時代には、『第40回全国中学校スケート大会 スピードスケート競技』の500mで全国2位の成績をあげています。高校時代では、2022年のスピードスケートの県高校総体で女子500mで39秒61の大会新記録で3連覇を飾りました。また、3年生の時に、全日本ジュニア選手権3000mで優勝を勝ち取りました。そして、24~25年シーズンはジュニアW杯で3勝しています。

主な戦歴
・世界ジュニア選手権 (2024)
 500m 3位、3000m 2位
・ジュニアW杯 (2024)
 1500m 2位 等

団体パシュート日本代表としての実績

野明花菜さんオリンピック出場種目はマススタート、パシュート(団体追い抜き)です。

過去2大会、2018年平昌五輪(金)、2022年北京五輪(銀)でメダルを取っているパシュート。オリンピックでメダル日本女子スピードスケート界は、エースの高木美帆選手を中心に世界トップレベルの実力を誇ります。その中で、息の合った滑りを見せる女子団体パシュート日本代表の一員が野明花菜さんです!

パシュートW杯初戦優勝の時の表彰台

団体パシュートは4人の代表メンバーのうち3人で出場し、400mトラックを6周滑走。3番目の選手がゴールしたタイムで順位が決まるチーム競技です。ミラノ・コルティナオリンピックでは、野明選手は4人目のメンバーとして代表に選出されました

今シーズンから日本代表入りを果たし、ワールドカップ初戦では高木美帆選手、佐藤綾乃選手とともに出場。いきなり優勝を飾り、存在感を示しました。

レース後、野明選手は自身の役割について次のように語っています。

2人とちゃんとレースが出来たことは、しっかり自信になりましたし、スピードが出せるということは、最初から美穂さんのスタートにしっかりついていくのが、自分にとっては、一番自分がチームに貢献できるところだと思っています。

個人の実力もしっかり上げた状態でパシュートに挑みたいと思います。最終的には金メダルが取れたら嬉しいなと思います。

パシュートは日本の得意種目ですので、メダル獲得に期待が高まります。

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両親は長野オリンピック出場|スピードスケート一家の背景

野明花菜さんの家族が「五輪スケート一家」と呼ばれる理由は、両親がともに長野オリンピックに出場したスピードスケート選手である点にあります。
日本のスケート界でも特別な環境に生まれ育ったことは事実ですが、オリンピックという最高峰の舞台を知る存在が身近にいたことは、競技に対する考え方や目標設定に大きな影響を与えたと考えられます。

野明花菜さんは、小学4年生から母親にスピードスケートを指導してもらい、高校は、父親が勤務する長野・岡谷南高へ進み、父親に師事しました。父親には大学進学後も教えをこい、「スケートに対しての感覚は一番頼りになる」と信頼を寄せています。余談になりますが、今季五輪で日本代表となった倉坪克拓さんも、岡谷南高で野明花菜さんの父親・弘幸さんに師事しています。

野中花菜選手の父弘幸さんと、母三枝さん。インタビューにて。

野明花菜を支える家族

野明花菜さんの家族は、両親、妹2人の5人です。 両親は2人とも、オリンピックに出場した経験を持つ元スピードスケート選手です。妹2人も、同じ競技をしています。
「野に咲く強い花になってほしい」と名付けられた。

父:野明弘幸さん

プロフィール
生年月日:1974年8月24日
出身地:長野県茅野市
勤務先:地方公務員

父親の弘幸さんは、1998年長野五輪、2002年ソルトレークシティー五輪に出場しています。1500メートル元世界記録保持者です。当時の日本代表として世界の舞台を経験し、国内外のトップレベルで戦ってきました。
引退後は、高校教諭としてスケートの指導を続けています。

オリンピックって個々によって感じ方が違うと思うので、本人が感じて経験していけばいいのかなと思います。

五輪は4年に一度で普段の大会とはまた違った雰囲気があると思うので、自分でうまくプレッシャーを乗り越えて、普段通りの力を出してほしい。

野明弘幸さんコメント

母:野明三枝さん(旧姓 上原)

プロフィール
生年月日:1971年7月1日
出身地:長野県諏訪市

母親の三枝さん(旧姓上原)は、1992年のアルベールビル五輪と、*1998年長野五輪に出場しています。アルベールビル五輪では1500mで11位に入るなど、世界の舞台で戦ってきました。

競技を引退した後は指導者としても活動し、野明花菜さんを小学校から中学校まで指導。次の世代を育てる立場としても競技に向き合ってきました。

そんな三枝さんは、娘について次のように語っています。

昨年骨折して、自分で目標を作り直して立ち上がってきたっていうその経験が、一番の彼女の強さだと私は思っています。

元オリンピック選手だからこそ分かる、五輪の舞台の特別さ。三枝さんは、実体験を踏まえた言葉も娘にかけています。

レースの歓声や観客の近さは、今まで体感したことないから、左右されずにやりなよ

*以前は夏季・冬季五輪は同じ年に開催されていましたが、開催地の負担軽減を目的に、冬季五輪を夏季五輪を別年開催に移行するため、1994年にリレハンメル五輪が実施されました。以降、冬季五輪は4年ごとに行われています。

次世代エース候補!?ケガからの復帰とオリンピック出場への決意

野明花菜さんは、将来のスピードスケート界を担う存在として期待を集めています。派手な話題性よりも、競技内容の安定感や成長の確かさが評価されており、次世代エース候補と呼ばれる理由は実力面とメンタルの強さにあるようです。

ケガと引退

24年12月に負った左足くるぶしと腓骨(ひこつ)に骨折を負いました。今もボルトとプレートを入れています。負傷した当時は「全然、辞めようと思っていた」と、1カ月ほどスケートから離れて「ちょっと遊んだりした」そうです。

1月の頭に練習ができるようになって、自分が戻りたいと思えるところまでやってみてもいいのかな」と一度スケートから離れたことで、前向きな考えが生まれ、リンクに戻るという決心がついたといいます。

オリンピック出場への決意

24年に父・弘幸さんに「五輪に行きたい」と話すと「簡単に行ける場所じゃない」と返されたそうです。その時、「ぶっ刺さった」と五輪の重みを知る父・弘幸さんからの心に響く厳しい一言に発奮し、夢舞台を目指すことを決意しました。

ケガをした時には、自分が五輪に参加するとは考えもしなかったそうです。

野明花菜のメンタル面の強さと安定感の秘密

メンタル面でも野明花菜は高い評価を受けています。五輪二世という立場から注目や比較を受ける場面でも、過度に気負うことなく、自分のペースで競技と向き合ってきました。安定した結果を残せる精神的な強さが、信頼感につながっています。

競技だけに視野を狭めることなく、学業や日常生活も含めた時間を大切にしながら、日々を積み重ねてきたからでしょうか。

『スポーツと社会』という科目では、運動競技を自分にはなかった視点から捉えることができ、とても新鮮でした。スケート一辺倒にならず、日々の勉強や友人と過ごす時間を大切にしています。時々で気持ちを切り替えてリフレッシュすることが、競技を楽しみながら続ける秘訣です。

立教大学HPより

競技と生活、そのどちらも大切にしながら自分らしさを保つこと。
それが、プレッシャーの中でも前に進み続ける、野明花菜さんの強さなのかもしれません。

まとめ

野明花菜さんは、両親が長野オリンピックに出場した元オリンピアンであり、自身の指導者であるというスピードスケート一家という環境で育ち、五輪二世として注目される存在です。しかし、その評価は家族の実績だけによるものではなく、ジュニア時代から積み重ねてきた、野明花菜さん自身の安定した成績と堅実な競技姿勢によって築かれてきました。基礎技術の完成度やメンタル面の安定感は、次世代エース候補と呼ばれる理由の一つです。今後さらに経験を重ねることで、スピードスケート界を代表する選手へ成長していく可能性が高く、多くの注目が集まっています。

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