日本代表(龍神NIPPON)23番の、エバデダン・ラリー選手が注目バレー選手として気になっている方も多いのではないでしょうか。
「ハーフなの?外国人選手なの?どこの国の人?」「家族構成は?」「出身高校や大学はどこ?」など、プロフィールや経歴を詳しく知りたいところです。
この記事では、長野県ゆかりのエバデダン・ラリー選手の出身や高校・大学等の学歴、バレーを始めたきっかけやこれまでの競技経歴などを紹介します。
学生時代から現在までの歩みをたどりながら、注目を集めるエバデダン・ラリー選手の魅力に迫ります。
エバデダン・ラリーの出身はどこ?プロフィールと経歴を紹介
エバデダン・ラリー選手は、岐阜県出身の男子バレーボール選手です。長野県松本市の強豪校で高校時代を過ごし、筑波大学へ進学しました。現在は大阪ブルテオンに所属し、日本代表経験も持つミドルブロッカーとして活躍しています。
ここでは、エバデダン・ラリー選手の出身地や家族、国籍、出身中学校、高校、大学など、気になるプロフィールを紹介します。
エバデダン・ラリーの基本プロフィール
ここでは、ラリー選手の出身地や家族、国籍、出身中学校、高校、大学など、気になるプロフィールを一覧で紹介します。
生年月日:2000年8月18日
出身:岐阜県海津市
家族構成:父・母・兄・弟
中学:海津市立平田中学校(岐阜県海津市)
高校:創造学園高校(現・松本国際高校)(長野県松本市)
※入学時(2016年頃)、学校名は「創造学園高等学校」でした。在学中(2018年4月)に、「松本国際高等学校」へ校名が変更されました。
大学:筑波大学(茨城県つくば市)
所属:大阪ブルテオン
身長:195cm
体重:86kg
ポジション:ミドルブロッカー
結婚:彼女がいるのか結婚しているのか気になる方もいるようですが、公表されていないようです。
エバデダン・ラリーの家族構成
ラリー選手の家族構成は、両親・兄の4人家族です。
両親は、父親がナイジェリア人、母親が日本人です。ラリー選手自身は、「エバデダン・ラリー」という名前から海外出身なのか気になる方もいるかもしれません。しかし、出生地・出身地は岐阜県であり、国籍も日本です。
なお、家族構成には同じくバレーボール選手として活躍している兄がいます。
エバデダン・ジェフリー・宇意(うい)選手です。ラリー選手と同じくミドルブロッカーで、Vリーグの「富士通カワサキレッドスピリッツ」に所属しています。
エバデダン・ラリーがバレーを始めたきっかけ
ラリー選手がバレーを始めたきっかけは、3歳年上の兄の影響でした。
小学4年生のとき、兄を追いかけるようにクラブへ入ったのが始まりです。
実は、それ以前には野球をしていた時期もありました。しかし、本人へのインタビューによると日光が苦手だったことなどもあり、バレーボールを選んだそうです。
始めた当初からプロや日本代表を目指していたわけではなく、スパイクを打つ楽しさなどを感じながら競技を続けていました。
その後、中学生になると身長が急激に伸びます。中学3年生のころには190cm近くになり、岐阜県選抜としてJOC(全国都道府県対抗中学バレーボール大会)にも出場。恵まれた体格と運動能力が注目されるようになりました。
高校時代に感じた壁
恵まれた体格と高い身体能力を持つエバデダン・ラリー選手ですが、松本国際高校時代は、本人の感覚としてはかなり伸び悩んでおり、バレーボールがあまり好きではない時期だったそうです。
高校時代は「ポテンシャルは誰もが認めるものの、本人のマインドや技術が追いつかず苦しんでいた時期」と言えるようです。
現在の活躍からは想像しにくいですが、高校時代にどのような壁や苦悩を感じていたのでしょうか。
「やらされている」感覚と結果への焦り
高校バレー界の名門である創造学園(松本国際高校)の練習は非常に厳しく、当時は指導についていくのが精一杯で、受動的な気持ちで取り組んでいたと本人が振り返っています。
偉大な兄との比較
ラリー選手は、195cmの長身と自慢の跳躍力を活かした素晴らしいブロックや速攻を決めてチームを勝利に導きました。兄弟揃っての活躍が紹介され、「兄に続く高校屈指の選手」として大きな注目を集めるきっかけになりました。
しかし、ラリー選手は、学年上で同じ高校の主力として大活躍していた兄・ジェフリー選手(現・富士通)の存在が大きく、指導者からも「お前の兄貴はこうだった」と比較されることが多くて当時はそれが嫌だった、と明かしています。
高い身体能力を活かしきれないもどかしさ
高校3年生の春高バレー(2019年大会)では、204cmの超大型選手をブロックで仕留めるなど「高さ対決」を制して注目を集めました。監督からも「器の大きさは兄以上」と素質を絶賛されていましたが、ラリー選手自身は自分のプレーに納得がいかず、手応えを掴みきれないまま高校生活を終えています。
高校時代の苦悩を越えて成長|エバデダン・ラリーを変えた大学時代
松本国際高校時代は、手応えを掴みきれないままだったラリー選手の成長への大きな転機の一つが、大学だそうです。
高校卒業後に進学した大学はどこ?
高校卒業後は、筑波大学へ進学します。
当時はバレーボールの名門である筑波大学と明治大学の2つの大学からスカウトされており、どちらに進むか本気で迷っていたそうです。
進路を迷っていた際、同じくスカウトを受けて筑波大か明治大かで迷っていたライバル・垂水優芽選手(洛南高校出身、現イタリア・チステルナ)から「俺、筑波に行くわ」と連絡をもらったラリー選手は、「じゃあ、俺も筑波に行く」とその場で決断したそうです。
しかし、実際に筑波大学に入学すると練習が想像以上に過酷だったため、後にラリー選手は垂水選手に「こんなにキツいなんて聞いてない!なんで俺を誘ったんだよ!」と何度も文句を言っていたという、仲の良いエピソードが残っています。
大学時代にラリー選手自身が大きな成長を感じたポイントは、論理的にバレーボールを考えるようになったことでした。本人もインタビューで、筑波大学での論理的な指導を新鮮に感じ、頭を使ってプレーする面白さに気づいたと振り返っています。
高身長や身体能力だけに頼るのではなく、プレーを考えながら技術を磨いた大学時代。この経験が、ミドルブロッカーとしてさらに成長する大きなきっかけになったと考えられます。
大学時代に訪れた転機|バレーの楽しさとプロを目指すきっかけ
筑波大学時代は、エバデダン・ラリー選手のバレー人生を大きく変えた時期でもあります。
大学時代には、身体能力を生かすだけではなく、相手や状況を考えてプレーする意識を身につけました。
本人は大学で論理的な指導を受け、「頭を使ったバレー」の面白さを知ったと振り返っています。
さらに大きな転機となったのが大学3年時です。天皇杯でのプレーを、当時パナソニックパンサーズを率いていたロラン・ティリ監督らが目にしたことをきっかけに、チーム練習へ参加する機会を得たことを本人が明かしています。
その後、チームの練習に参加する機会を得たことが、トップリーグへ進む一つの転機となります。
現在もラリー選手は新しいブロック技術を学ぶ姿勢を持ち続けており、2025-26シーズンのインタビューでも、ブロックのステップについて新しい知識を取り入れていることを語っています。
筑波大学で培った「考えてプレーする」という姿勢は、現在の大阪ブルテオンや日本代表で成長を続けるラリー選手の土台になっているといえるでしょう。
大学バレーでの成績と活躍
小学4年生のときに兄の影響で始めたバレーボールは、高校・大学での成長を経て、日本トップレベルの舞台へとつながっていきました。
筑波大学では、ミドルブロッカーとして全国の舞台で存在感を示しました。
大学3年だった2021年度の全日本インカレでは筑波大学が4位となり、ラリー選手は個人賞の「スパイク賞」を受賞しています。
そして大学4年の2022年度には、筑波大学が全日本インカレ決勝で東海大学を3-1で破り、10年ぶり10回目の優勝を達成しました。
ラリー選手はこの大会で「ブロック賞」を受賞。大学最後の全日本インカレで日本一と個人賞の両方を手にしています。
3年時にスパイク賞、4年時にブロック賞を受賞した経歴を見ると、攻撃だけでなくミドルブロッカーに欠かせないブロックでも高く評価される選手へ成長したことが分かります。
その後、パナソニックパンサーズ(現・大阪ブルテオン)でVリーグデビューを果たし、2022年度には日本代表にも選出。
大学バレーで積み重ねた経験は、その後のトップリーグや日本代表での活躍につながる大きな土台となりました。
エバデダン・ラリーの主な成績と活躍
エバデダン・ラリー選手の経歴で特に注目したいのが、大学在学中に日本代表へ選出されたことです。
2022年度の男子日本代表登録メンバーに選ばれ、同年のネーションズリーグの登録メンバーにも入りました。当時はまだ筑波大学4年生。JVAのネーションズリーグ2022のメンバー表にも、背番号30のミドルブロッカーとして名前が掲載されています。
その後も2023年度、2024年度と男子日本代表登録メンバーに選出され、トップレベルで経験を重ねました。
特に2024-25シーズンは44試合160セットに出場し、ブロック91本、アタック決定率60.2%を記録。ミドルブロッカーとしてSVリーグのベスト6に選ばれています。2025年アジアチャンピオンズリーグは大阪ブルテオンの準優勝に貢献し、個人でもベストミドルブロッカーに選出されています。
そして2026年のネーションズリーグでも、日本代表メンバーに背番号23のミドルブロッカーとして登録されています。9月に開催されるロス五輪への切符がかかったアジア選手権2026では、スタメンで起用されて、活躍しています。
中学時代のJOC、高校時代の長野県での経験、筑波大学、パナソニックパンサーズ、そして大阪ブルテオンと日本代表へ。
エバデダン・ラリー選手は、学生時代から積み上げてきた経験を武器に、日本男子バレーを担うミドルブロッカーとして活躍を続けています。
まとめ
エバデダン・ラリー選手は岐阜県海津市出身で、長野県松本市の創造学園高校(現・松本国際高校)を経て筑波大学へ進学しました。
高校時代には、兄と比較されるプレッシャーや結果への焦り、持ち前の身体能力を活かしきれないもどかしさを感じていた時期もあったといいます。
転機となったのは筑波大学時代。バレーを論理的に考える面白さを知り、競技への意識が変化すると、プロを目指すようになりました。
現在は大阪ブルテオンに所属し、日本代表も経験するミドルブロッカーへと成長。高校時代を長野県で過ごした、長野県ゆかりの選手としても今後の活躍が注目されます。


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